むかしむかし、あるところに、とてもよく働く若者が住んでいました。
若者は田へ出かける時、いつも村はずれのお地蔵さまに手を合わせておがみました。
「わたしや村人たちが元気でいられるのも、全てお地蔵さまのおかげです。ありがとうございます」
ある日、その若者が病気になりました。
今はちょうど田植えの時期なので、病気だからといって休む事は出来ません。
「困ったな。早く田植えをしないといけないのに」
若者は心の中で、お地蔵さまに頼みました。
(お地蔵さま、病気を治してください。
わたしは、早く働きたいのです。
働く事ほど、気持ちの良いものはありませんから)
その晩の事、村人が若者の田のそばを通ると、誰かが田の中で畑仕事をしていました。
村人が、
「こんばんは」
と、言うと、
「はい、こんばんは」
と、その誰かが答えました。
その誰かは、次の日も若者の田に入って働いていました。
別の村人がその誰かに、
「こんにちは」
と、言うと
「はい、こんにちは」
と、答えました。
その知らない誰かはとても仕事が早くて、一晩と一日で若者の田の田植えを終わらせたのです。
それを見て、村人たちはうわさをしました。
「不思議な人だ。どこの誰だろう?」
そのうわさが、殿さまの耳に入りました。
殿さまは、その知らない誰かをお城に呼びました。
「お前は、病気の若者の田植えをしてやったそうだな。
困っている者を助けるのは、良い事だ。
ほうびに、酒を飲ませよう」
殿さまはそう言って、お酒を進めました。
「ありがとうございます」
知らない誰かは、おいしそうにお酒を飲みました。
「さあ、もっと飲め」
殿さまが進めると、知らない誰かは顔を真っ赤にして手を振りました。
「もう飲めません。これで、帰ります」
「まてまて」
殿さまは呼び止めると、さかずきを差し出しました。
「このさかずきを、お前にやろう。酒を飲みたくなったら、遠慮なくここへまいれ」
「はい、ありがとうございます」
知らない誰かはさかずきを頭に乗せると、フラフラしながら帰っていきました。
この話を聞いた病気の若者は、首をひねって考えました。
「家の田植えをしてくれた人って、誰だろう?」
いくら考えても、思い当たる人がいません。
「まあ、誰だか知らないが、ありがたい事だ。これも、お地蔵さまのおかげに違いない。お礼に行ってこよう」
若者は起き上がると、お地蔵さまのところへ行きました。
「お地蔵さま、お久しぶりです。・・・あっ!」
若者は、お地蔵さまを見てびっくりです。
なんとお地蔵さまの頭の上に、さかずきが乗っているではありませんか。
そればかりではなく、お地蔵さまの足には田んぼの泥がこびりついていたのです。
若者は、知らない誰かの正体に気づきました。
「お地蔵さま。田植えをしてくださったのは、あなたでしたか。
このさかずきは殿さまからいただいたさかずきで、足の泥は田の土でございましょう。
おかげさまで、今年もお米がとれます。
ありがとうございました」
若者はお地蔵さまの足をきれいにすると、お礼にお酒をお供えしました。
おしまい
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