おや、あそこ、席が空いた。いそいで網棚から、お道具と傘をおろし、すばやく割りこむ。右隣 は中学生、左隣は、子供背負ってねんねこ着ているおばさん。おばさんは、年よりのくせに厚化粧をして、髪を流行まきにしている。顔は綺麗なのだけれど、のどの所に皺《しわ》が黒く寄っていて、あさましく、ぶってやりたいほど厭だった。人間は、立っているときと、坐っているときと、まるっきり考えることが違って来る。坐っていると、なんだか頼りない、無気力なことばかり考える。私と向かい合っている席には、四、五人、同じ年齢《とし》恰好のサラリイマンが、ぼんやり坐っている。三十ぐらいであろうか。みんな、いやだ。眼が、どろんと濁っている。覇気《はき》が無い。けれども、私がいま、このうちの誰かひとりに、にっこり笑って見せると、たったそれだけで私は、ずるずる引きずられて、その人と結婚しなければならぬ破目におちるかも知れないのだ。女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。おそろしい。不思議なくらいだ。気をつけよう。けさは、ほんとに妙なことばかり考える。二、三日まえから、うちのお庭を手入れしに来ている植木屋さんの顔が目にちらついて、しかたがない。どこからどこまで植木屋さんなのだけれど、顔の感じが、どうしてもちがう。大袈裟に言えば、思索家みたいな顔をしている。色は黒いだけにしまって見える。目がよいのだ。眉もせまっている。鼻は、すごく獅子っぱなだけれど、それがまた、色の黒いのにマッチして、意志が強そうに見える。唇のかたちも、なかなかよい。耳は少し汚い。手といったら、それこそ植木屋さんに逆もどりだけれど、黒いソフトを深くかぶった日蔭の顔は、植木屋さんにして置くのは惜しい気がする。お母さんに、三度も四度も、あの植木屋さん、はじめから植木屋さんだったのかしら、とたずねて、しまいに叱られてしまった。きょう、お道具を包んで来たこの風呂敷は、ちょうど、あの植木屋さんがはじめて来た日に、お母さんからもらったのだ。
哎哟!那边有座位空出来。赶紧从网架中取下学习用具和洋伞,匆忙地冲过去。右边坐着一名中学生,左边是一个背着孩子、穿着背娃专用大棉袄的大妈。大妈已经上了年纪,却化着大浓妆,梳着流行发式。脸长得漂亮,但脖子那里堆满了黑黑的皱纹,一副可怜相,令人讨厌到想揍她一顿。人在站着的时候和坐着的时候考虑的事情真是完全不同。坐下之后就净是想一些不着边际、提不起精神的事儿。我对面的座位上是四五个年龄相仿的公司职员,心不在焉地坐在那里。三十岁左右吧。都很讨人厌。睡眼惺忪,目光浑浊。垂头丧气的。不过,如果我现在对着他们中的某个人莞尔一笑,说不定仅凭这样,我就会被强行拖去和那个人结婚,难逃这样的厄运。女人要决定自己的命运,一个微笑就足够了。真可怕。简直不可思议。可得多加小心哪。今天早晨的确总在想些奇怪的事情。从两三天前起,脑海里忍不住就会浮现出到我们家来整修庭园的那个花匠的脸庞。怎么看都是一个地道的花匠,但是脸部的感觉确实很不一样。夸张一点说,他长着一张思想家那样的脸,皮肤看上去黝黑结实,眼睛很好看,眉毛也很紧凑。鼻子是典型的塌鼻梁儿,但那又和他黑黑的肤色很搭,看上去意志很坚定。嘴唇的形状也相当不错,耳朵稍有点脏。要说手的话,那就退回到他花匠的身份上去了,但他头戴黑色礼帽,整张脸都罩在阴影里,让人觉得这样一张脸安在花匠身上真是可惜了。“那个花匠从一开始就是做花匠工作的吗?”我这样问过妈妈不下三四次,最后被妈妈骂了。今天我用来包学习用具的这张包袱巾,正好就是那个花匠第一次来的那天我向妈妈要过来的。
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