ごん狐
新美南吉
三
兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。
兵十は今まで、おっ母と二人きりで、貧しいくらしをしていたもので、 おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。
「おれと同じ一人ぼっちの兵十か。」
こちらの物置の後から見ていたごんは、そう思いました。
ごんは物置のそばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。
「いわしのやすうりだアい。いきのいいいわしだアい」
ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。 と、弥助のおかみさんが、裏戸口から、
「いわしをおくれ。」と言いました。いわし売は、いわしのかごをつんだ車を、 道ばたにおいて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、弥助の家の中へもってはいりました。 ごんはそのすきまに、かごの中から、五、六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけだしました。 そして、兵十の家の裏口から、家の中へいわしを投げこんで、穴へ向ってかけもどりました。 途中の坂の上でふりかえって見ますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。
ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。
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