糸に染まる季節

糸に染まる季節

00:00
09:32
糸に染まる季節
大西暢夫 写真.文

「色(いろ)には季節(きせつ)がある」って
岩田(いわた)さんは言う。
少し(すこし)不思議(ふしぎ)な言葉(ことば)に聞こえ、
ぼくはとても気(き)になった。食べ物(たべもの)ではよく
旬(しゅん)のことを言うが、色の季節(きせつ)って
一体(いったい)なんだ?
新潟県(にいがたけん)十日町(とおかまち)市(し)で、
染織家(せんしょくか)岩田重信(いわた しげのぶ)さん
一家(いっか)が暮らし(くらし)ている。家の近く(ちかく)の山(やま)や川沿い(かわぞい)でとってきたたくさんの葉(は)っぱをつかって、糸(いと)を染める(そめる)仕事(しごと)をしている。「生糸(きいと)や真綿(まわた)や木綿(もめん)のちがいって
わかる?」と聞(き)かれた考え(かんがえ)もしなかったことだ。
生糸と真綿糸は、かいこのまゆから紡(つむ)いだ糸のこと
です。木綿糸は、植物(しょくぶつ)の綿花(めんか)から紡いだもの。
真綿って絹(きぬ)の綿だったの?とおどろいた。
岩田さんは、主(おも)に生糸と真綿糸をつかい、木綿糸は
つかわない。生糸は、まゆから1本ずつ紡いだもので、
輝く(かがやく)ようなつやがある。真綿糸は、綿の
状態(じょうたい)から紡いだもので、手触り(てざわり)は、
ふわっとあたたかい感じがする。同じ糸でも、見え方や
手ざわりがぜんぜんちがうからおもしろい。
岩田さんの仕事は1本の糸に色染め込ん(いろぞめこん)でゆくのだ。山で採(と)ってきた葉っぱを新鮮(しんせん)なうちに煮出(にだ)して、染色液(せんしょくえき)をつくる。
ヨモギ、クルミ、スギ、ニセアカシア、
ネムノキ......。たくさんの種類(しゅるい)があるが、そのときの旬だけを煮出してゆく。身近(みぢか)にある、よく見る植物ばかりだ。
「十日町(とおかまち)の色を出したいから、十日町で
育(そだ)った植物で染めたい」それが岩田さんの色への
こだわりだ。
カチャンカチャン!ステンレスの棒(ぼう)がぶつかる音だ。真っ白(まっしろ)な糸に、徐々(じょじょ)に色がつき始(はじ)めた。
ムラができないように、まんべんなく染(し)みわたるように、糸の束(たば)を上下(じょうげ)に何度(なんど)も入れ替え
(いれかえ)つづけた。
「毎年(まいとし)、同じ時期(じき)に、同じ葉っぱをつかっても、同じ色にはならない。いつもちがうからこの仕事が
面白いって思うんだよ」と岩田さんは言う。
染色場(せんしょくば)は、夏は暑(あつ)く、冬は湯気(ゆげ)で真っ白になる。じっと待(ま)つこともあれば、慌(あわ)ただしく動きまわるときもある。季節の色が、だんだん糸に乗りうつってきた。色をここで止めた。媒染液という液体(えきたい)につけ込(こ)むと、くっきりとした色になって止まる。花や葉っぱの色とはちがう目に見えない色のひとつひとつは、
ひっそり隠れ(かくれ)ている。
岩田さんは、それを引き出し(ひきだし)ている。
岩田さんがこの時期にほしかった色だ。
化学染料(かがくせんりょう)は染める時期を選(えら)ばない
けれど、草木(くさき)染めは四季(しき)にしたがうしかない。
「草木染め(くさきぞめ)は柔(やわ)らかい色が出るんだよ」
いましか出せない色ばかりだ。
草木の色がない冬の間、春や夏や秋の色をつかって糸から
布(ぬの)を織(お)ってゆく。
工房(こうぼう)の天井(てんじょう)には、春から秋まで
染めつづけた色がずらっとならんだ。糸に保存(ほぞん)された季節の色だ。
「みづき」の皮(かわ)をきれいにはいで染めたのが初めて
だった。灰色(はいいろ)っぽい紫色(むらさきいろ)
「それがうまくいったんだよ」と笑った。
「重信さんは産まれたときから、糸をさわっているせいか、まったく絡(から)まないの」と、妻(つま)の由起(ゆき)さんが言った。
9月から10月上旬(じょうじゅん)にかけて、ハンノキを収穫(しゅうかく)する。今年最後(さいご)の山からのめぐみだ。
パチンパチンと、枝切り(えだきり)ばさみの音がとぎれることなくつづく。この時期、何度も、この作業(さぎょう)を
くり返す。ハンノキは、大量(たいりょう)の葉っぱをつかう
からだ。収穫後すぐに、天日(てんぴ)に干(ほ)す。ハンノキは、乾燥(かんそう)しても、染められる葉っぱなのだ。だから、生の葉がない冬場でも、糸や布を染めることができる。
冬が長い十日町。
雪にとざされても、冬の色はたえることはない。
十日町は糸や染めの仕事に携(たずさ)わっている人が多い。
腕(うで)のいいお年寄(としよ)りが活躍(かつやく)できる
場所(ばしょ)がこの街(まち)にはたくさん残っている。
尾身(おみ)ミヨノさんもそのひとりだ。
岩田さんが考えた絞り(しぼり)の柄(がら)を、長い時間をかけて縫っていく。ひとつでも縫い忘(わす)れたらやりなおしだ。乾燥した大量のハンノキで、濃い染色液をつくる。糸染めとちがい、絞り染めは、一反(いったん)の生地(きじ)を染める。
じっくり時間をかけて染まった色は黒。絞り染めをした大きな生地は、ほどいてみないと結果がわからない。
ぼくは「衣、食、住」という言葉が好きだ。
着ること、食べること、住むこと。
人は生きて行くのに、欠(か)かすことのできないものばかりだ。
秋までにつくった作物(さくもつ)を保存し、作物の育たない冬に食べる。そして、暖(あたた)かくなった春にまた種(たね)をまく。人はそのくり返し。
草木のいろも、その循環(じゅんかん)は同じだと気がついた。春の色は春、夏の色は夏にしか染められない。
冬は、乾燥し保存した葉っぱをつかって染めてゆくのだ。工房の天井につるされた、たくさんの色とりどりの糸は、冬にも
つかえる春から秋までの色だ。
「色には季節がある」って言われた不思議な言葉の中に、
ぼくたちが忘れかけている暮らし方があるように思う。
「衣、食、住」を大切にする人の営(いとな)みは、
その土地にあった、季節の流れに沿ったものだ。
春は春を味(あじ)わい、夏に夏を飾(かざ)るように。
岩田さんは、その当たり前をくり返している。
また今年も十日町に雪が降り始めた。
山はじっと静かに、力を蓄(たくわ)えているように見えた。
春、その力が色になり、実になるように。
以上内容来自专辑
用户评论

    还没有评论,快来发表第一个评论!