<LeoNRadio日の出 われらのラッセル哲学第174回『哲学の諸問題』
"The problems of philosophy" by Bertrand Russell(第14章6段落)
ラジオ収録20240717
「レオンラジオ日の出」テーマ曲 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」ED 「遺伝子の舟」司会 楠元純一郎(法学者) 日本語訳 楠元純一郎 中国語訳 レオー(美術家・録音師) 日本語訳監修 松尾欣治(哲学者)福留邦浩(国際関係学者)中国語訳監修 孫軼凡
Most of the great ambitious attempts of metaphysicians have proceeded by the attempt to prove that such and such apparent features of the actual world were self-contradictory, and therefore could not be real.
偉大なる形而上学者の野心的試みのほとんどは、現実世界のそのような見かけの特徴は自己矛盾であり、それゆえに実在し得ないということを証明する試みによって進められてきた。
形而上学者的一个最雄心勃勃的企图,就是想要证明实际世界中这样那样的外表特点都是自相矛盾的,因此便不可能是实在的。
The whole tendency of modern thought, however, is more and more in the direction of showing that the supposed contradictions were illusory, and that very little can be proved a priori from considerations of what must be.
しかしながら、現代思想の全体的な傾向は、想定される矛盾は幻想であり、「あるべきもの」の考察からアプリオリに証明されることはほとんどあり得ないということを示す方向にますます向かっている。
然而,近代思想的整个趋势却越来越趋向于指出这些假设的矛盾都是虚假的,并指出从我们对于事物必定是如何如何这类的考虑而能先验地证明的东西是很少的。
A good illustration of this is afforded by space and time.
このいい例が空間と時間である。
关于这一点,空间和时间可以提供一个很好的例子。
Space and time appear to be infinite in extent, and infinitely divisible.
空間と時間は無限であり、無限に分割できるように思われる。
空间和时间,在广袤上似乎都是无限的,可以无限地加以分割。
If we travel along a straight line in either direction, it is difficult to believe that we shall finally reach a last point, beyond which there is nothing, not even empty space.
もし我々がいずれかの方向に真っ直ぐに進んだとしたら、我々は最後に最終地点に到達し、それを超えても何もなく、空の空間すら存在しないとは信じがたい。
倘使我们沿着一条直线不论往哪个方向走,都难于使人相信最终我们会走到最后的一个点,——过了这个点便什么东西也没有,连空无一物的空间也没有了。
Similarly, if in imagination we travel backwards or forwards in time, it is difficult to believe that we shall reach a first or last time, with not even empty time beyond it.
同様に、我々が想像の中で、時間を逆行または順行したとして、我々は最初の時間または最後の時間に到達し、それを超えては空の時間すらないということは信じがたい。
同样,倘使我们想象在时间中向前或向后旅行,也难于使人相信可以达到一个太初或者一个末日,——再过去就什么都没有了,连空无一事的时间也没有。
Thus space and time appear to be infinite in extent.
したがって、空間と時間は無限であるように思われる。
所以,空间和时间的范围似乎是无限的。
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