芥川龍之介・鼻 -4

芥川龍之介・鼻 -4

00:00
03:24

弟子の僧は、内供が折敷の穴から鼻をぬくと、そのまだ湯気の立っている鼻を、両足に力を入れながら、踏みはじめた。内供は横になって、鼻を床板の上へのばしながら、弟子の僧の足が上下(うえした)に動くのを眼の前に見ているのである。弟子の僧は、時々気の毒そうな顔をして、内供の禿(は)げ頭を見下しながら、こんな事を云った。
 ――痛うはござらぬかな。医師は(せ)めて踏めと申したで。じゃが、痛うはござらぬかな。
 内供は首を振って、痛くないと云う意味を示そうとした。所が鼻を踏まれているので思うように首が動かない。そこで、上眼(うわめ)を使って、弟子の僧の足に皹(あかぎれ)のきれているのを眺めながら、腹を立てたような声で、
――痛うはないて。
 と答えた。実際鼻はむず痒い所を踏まれるので、痛いよりもかえって気もちのいいくらいだったのである。
 しばらく踏んでいると、やがて、粟粒(あわつぶ)のようなものが、鼻へ出来はじめた。云わば毛をむしった小鳥をそっくり丸炙(まるやき)にしたような形である。弟子の僧はこれを見ると、足を止めて独り言のようにこう云った。
 ――これを鑷子(けぬき)でぬけと申す事でござった。
 内供は、不足らしく頬をふくらせて、黙って弟子の僧のするなりに任せて置いた。勿論弟子の僧の親切がわからない訳ではない。それは分っても、自分の鼻をまるで物品のように取扱うのが、不愉快に思われたからである。内供は、信用しない医者の手術をうける患者のような顔をして、不承不承に弟子の僧が、鼻の毛から鑷子(けぬき)(あぶら)をとるのを眺めていた。脂は、鳥の羽の(くき)のような形をして、四分ばかりの長さにぬけるのである。
 やがてこれが一通りすむと、弟子の僧は、ほっと一息ついたような顔をして、
 ――もう一度、これを茹でればようござる。
 と云った。
 内供はやはり、八の字をよせたまま不服らしい顔をして、弟子の僧の云うなりになっていた。

以上内容来自专辑
用户评论

    还没有评论,快来发表第一个评论!