芥川龍之介・薮の中 03

芥川龍之介・薮の中 03

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検非違使に問われたる放免(ほうめん)の物語

 わたしが(から)め取った男でございますか? これは確かに多襄丸(たじょうまる)と云う、名高い盗人(ぬすびと)でございます。もっともわたしが(から)め取った時には、馬から落ちたのでございましょう、粟田口(あわだぐち)石橋(いしばし)の上に、うんうん(うな)って居りました。時刻でございますか? 時刻は昨夜(さくや)初更(しょこう)頃でございます。いつぞやわたしが(とら)え損じた時にも、やはりこの(こん)水干(すいかん)に、打出(うちだ)しの太刀(たち)(は)いて居りました。ただ今はそのほかにも御覧の通り、弓矢の類さえ(たずさ)えて居ります。さようでございますか? あの死骸の男が持っていたのも、――では人殺しを働いたのは、この多襄丸に違いございません。(かわ)を巻いた弓、黒塗りの(えびら)(たか)の羽の征矢(そや)が十七本、――これは皆、あの男が持っていたものでございましょう。はい。馬もおっしゃる通り、法師髪(ほうしがみ)月毛(つきげ)でございます。その畜生(ちくしょう)に落されるとは、何かの因縁(いんねん)に違いございません。それは石橋の少し先に、長い端綱(はづな)を引いたまま、路ばたの青芒(あおすすき)を食って居りました。
 この多襄丸(たじょうまる)と云うやつは、洛中(らくちゅう)に徘徊する盗人の中でも、女好きのやつでございます。昨年の秋鳥部寺(とりべでら)賓頭盧(びんずる)(うしろ)の山に、物詣(ものもう)でに来たらしい女房が一人、(め)(わらわ)と一しょに殺されていたのは、こいつの仕業(しわざ)だとか申して居りました。その月毛に乗っていた女も、こいつがあの男を殺したとなれば、どこへどうしたかわかりません。差出(さしで)がましゅうございますが、それも御詮議(ごせんぎ)下さいまし。

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