もう手落(てお)ちはないようね。シンデレラ王妃(おうひ)はほっとし、何気(なにげ)なく鏡(かがみ)をのぞく。そして、嫌(いや)な気分(きぶん)になった。若(わか)さは失(うしな)われているが、その代(か)わり、王妃(おうひ)との貫禄(かんろく)がついている。そんなことについてではなかった。むかし、あれほど嫌(きら)っていた継母(ままはは)の顔(かお)と、今(いま)の自分(じぶん)の顔(かお)とがどこかしら似(に)てきたように思(おも)えてならないのだ。
「いやねえ。お城(しろ)にやってきてからのあたしの生活(せいかつ)、正(ただ)しくなかったのかしら。幸福(こうふく)だったのかどうかもわからない。頭(あたま)を痛(いた)めるような事件(じけん)ばかりだったようだわ。あたし、やってはいけないことばかりやってきたのじゃないかしら。もし鏡(かがみ)の精(せい)がいるのなら、これに答(こた)えてくれないかしら…」
王妃(おうひ)はつぶやく。すると、どこからともなく声(こえ)がした。
「なにをおっしゃいます、シンデレラ王妃様(おうひさま)。あなたのような立場(たちば)になれば、どんな女(おんな)でもそのような道(みち)をたどったでしょう。当然(とうぜん)のことですし、それでいいのでございます。最(もっと)も人間的(にんげんてき)な生(い)き方(かた)。それを精(せい)いっぱいに生(い)きてこられた。向上(こうじょう)への絶(た)えざる努力(どりょく)。その実感(じっかん)がおありでしょう。すばらしいことです。より良(よ)い形(かたち)として、ほかにどんな生(い)き方(かた)があったでしょう。結婚(けっこん)した時(とき)の夢見(ゆめみ)ることしかできない子供(こども)っぽいまま、今日(きょう)の年齢(ねんれい)まで変(か)わりなく続(つづ)いていたら、現在(げんざい)のあなたは不幸(ふこう)と破滅(はめつ)の見本(みほん)となったでしょう。だが、そうはならなかった。人事(じんじ)をつくして天命(てんめい)を待(ま)ち、天命(てんめい)はあなたに見方(みがた)した。これこそ幸福(こうふく)です。人々(ひとびと)は時(とき)とともに、枝葉末節(しようまっせつ)のくだらないことを忘(わす)れてしまいます。しかし、シンデレラは結婚(けっこん)し、お城(しろ)でずっと幸(しあわ)せに暮(く)らしましたという判定(はんてい)だけは、いつまでも語(かた)り伝(つた)えられるにちがいありませんよ。これだけはたしかなことです。」
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