商人が訪問しました。自称世界一の商人です。
「なにか望みはありますかですって?それはこっちのせりふですよ」
商人は持ち込んだ品々の売りロ上をまくしたてました。
おだやかに微笑みながら聞いていたエイプリルは、すべて終わってから言いました。
なにもありません。なにもいりません
「いやいやご冗談を。あなたの欲しいもの、したい事、なんでもおっしゃってください。どんな物でも取り寄せてお届けしますよ」
わたしはこの部屋で日々を静かに過ごし、中庭の花たちの面倒をみて、そしてこうしてあなたとお話している、それで十分なのです。
「そんな筈はない!」
馬鹿にされたかのように商人は憤慨しました。
「あなたにだって不安はあるはずだ。思わぬ怪我をしたらどうします?薬が入り用でしょう。押し込み強盜を追い払うには、このマスケット銃が効果てきめんですよ。あなたはたいそうお美しいが寄る年波には勝てません。この秘伝の軟膏で若さを保つとよろしい」
なにもありません。なにもいりません
「あたしゃ世界一の商人です。何一つお売りせずに引き下がるわけにはいかんのです。あたしにだってプライドがある」
わかりました。それがあなたの望みなら。
お持ちになられた品すべてをいただきましょう。これがその対価です。
にわかに商人の心に沸き起こったのは、彼が経験したことのない、思い描いったことすらない、この世の災厄と惨たらしい行い、そして身にふりかかる一切の不幸でした。
一瞬にして髪が白く染まった商人は、あたかも生きた亡霊のようになってふらふらと部屋をさまよい出ていきました。
村娘ジュニパとハネジュがやってきました。
「ほらね。魔女はいたでしょう?」
「べつに疑ってやしないだろ。そりゃあ何処かに魔女はいるだろうさ。幽霊話を真に受けるのはどうかと言ったんだ」
ハネジュはエイプリルに謝りました。
「どうか怒らないでください、女御主人(ミストレス)。すぐにお暇いたします」
「ねえ見て、なんて素敵なティーセット」
ハネジュは連れがいい加滅な散らかし放題で困ると嘆き、ジュニパは喉が渇いたと我が侭を言いました。
ジュニパは紅茶を何杯も飲んでは部屋を散らかし、ハネジュはそれを渋々片付けます。
エイプリルは何もしませんでした。
ヤブ医者が訪ねてきました。
言われるがままに診察され、髪と血と爪と肉と皮と、とにかくあらゆる彼女の一部が採取されて、最後にこう言い渡されました。
「あなたは病人である。すぐに入院されるがよかろう。今日にでも」
カルテに何事か書き込みながらヤブ医者はまるで生ける標本だ、と叫びました。
どこも患ってなどおりません。わたしは魔女なのです
「ではそれがあなたの病名です。あなたは魔女病だ。仮に肉体は健康にみえても、心が病んでいる。こんなに薄暗い、空気のよどんだ部屋に閉じこもって、自分を虐待されている。私は医者として、あなたを治療し救う義務がある」
しまいにはヤブ医者はエイプリルに鎮静剤を打ち、部屋から引きずり出そうとしました。
お医者さま、どうかこのまま立ち去ってください。
わたしは外へ出たくはないのです。
人々を傷つけたくないのです。なによりわたし自身が傷つきたくないのです。
もう世界と自分とを出会わせたくはないのです。
エイプリルの懇願にもヤブ医者は耳を貸しませんでした。
ヤブ医者は髪と血と爪と肉と皮と、とにかくあらゆる一部となって部屋の外へ帰っていきました。
ありがとうございます