月の珊瑚(月之珊瑚)第三章-4 朗读:坂本真绫
「ヒトが死を怖がるのは死にたくないからじゃない。増えなくてはいけないから、その前に死ぬことを怖がるんだ」
月の森で、私は一方的に話を聞かせた。
人間がなぜ死を禁忌(きんき)するのか。生命は自己保存を原則とする。我々の体の設計図である遺伝子は核酸(かくさん)、即ちDNAだ。紐(ひも)状の二重螺旋で知られるこの暗号は完全な対構造になっている。開始と終点を描いた紐を、上下逆に合わせたものだ。これらは一本で生命の設計を、もう一本がその複製(ほけん)を担っている。どちらかが失われても、残ったもう一本が存在を受け継ぎ、生命活動を続けていく在り方だ。我々は根本からして、“自分を残す”ことを最優先に設計されている。
「増えること。子供を作る、ということは自分の遺伝子の引き継ぎ、永続を意味するからね。本来、生き物は子供を作った段階で用済みになる。より優れた自分の複製が生まれた以上、古い遺伝子を生かすのは資源の無駄だ」自分にあった異性を選ぶ、より美しい配偶者を求めるのは、心による働きではない。自分の複製に、より優れた遺伝子を配合するための本能だ。
我々は遺伝子の運び屋にすぎない。人間に感情があるのは、それがもっとも効率がよく、また長続きするシステムだからだ。 かつて五十億もの繁栄を遂げた鳥がいた。高等生物では敵いようのない数。自然界において、人間サイズ
の生き物はそこまでの繁殖はできない。しかし、結果は これを上回った。五十億の鳥を食料として消費したばかりか、最後には彼等の数すら上回ったのだ。感情、知性は人生を豊かにする為のものではない。種が覇権を握る為の、もっとも強い武器に他ならない。感情のない機械ではこうはいかない。機械は効率だけを良しとする。最適な状態に行き着けば、そこで進化を止め てしまうだろう。
「生命は増え続けなければならない。それを済ますまで、死が恐ろしくて仕方がない。しかし子供さえ育ててしまえば、死の幻想から多少は解放される。自分の役割を終えたからね。あとは好き勝手に生きればいい。種の存続により尽くすのも、利益に走るのも、個人の自由だ」もっとも、地上の人々はその例には当てはまらない。
人類は心が強くなりすぎたのだ。“あがり”を宣言され、ほとんどの未来を手に入れた彼らは、種の存続に縛られなくなった。自己保存も自己改革も他人事。彼らにとって繁殖は、本能や義務ではなく、すでに趣味の領域に変化している。
「それでもまだ、趣味であるうちは救いはある。それさえなくしてしまったら、私たちは生命とは呼べなくなる」
少女はあいかわらずピクリとも動かない。
こちらの話が伝わっているかはどうでもいい。補充した物資分のお代は話したので、早々に森を後にする。
月の森は変わらずに無音で、清潔だ。つい足を止めて見入ってしまい、振り返ると、少女がかすかに手をあげていた。目の前にいる羽虫を摑(つか)むような動作だった。後に、あれは三十分ほどのタイムラグによる動作と判明したが、この時の私には、彼女の思惑は測れなかった。
要是有中文翻译就好了