月の珊瑚(月之珊瑚)第三章-3 朗读:坂本真绫
訂正すると、少女は宇宙人ではなく、れっきとした地球圏の生命だった。
月面都市に残った資料によると、彼女は星を効率よく運営する為の入力装置だった。星を一つの生命として捉え、その魂(たましい)を摘出(てきしゅつ)し、珪素生命として安定させたものだという。魂と書かれているが、要するに脳だろう。惑星には肉体と心臓にあたる部位はあるが、脳にあたる器官が存在しない。月の技術者たちは脳を人工的に造る事で、この星を自在に運行する命令体を作り上げたのだ。
そのような大それた生き物に近づくのは抵抗があったが、生存に必要な物資は彼女の周囲から摘出される。水素も電源も、彼女が居る森に直接取りに行かねばならない。自然、どうしても目が合ってしまう。月に水が湧(わ)くのはここだけだ。十二時間ごとに補充しに行き、一時間ばかり、少女の傍で森を眺(なが)める事になる。
少女は一歩も動かず、また、こちらとコミュニケーションを図(はか)るような事はなかった。
珪素生命――石で出来ている彼女は、我々からすればタイムスケールの違う永劫(えいごう)不滅の生命だ。私のように不完全な命ではない。
百十二回目の補充。
単純な労働だが苦痛はない。
どうにも、私はこの森が気に入っているらしい。
地球の森は生命力が強すぎて、私には毒がありすぎた。この森は清潔だ。何より音がない。この近くに施設があったなら、迷わず移住していただろうに。
タンクを地表に打ち込んで、必要なだけの元素を摘出する。その間、私は少女の傍に座って情報を提供する。少女が望んだ訳でもないし、そもそも私たちに意思の疎通(そつう)はない。これは私が自発的に行う等価交換だ。私が彼女に返せるものは情報だけなので、物語を聞かせる事にした。完全な自己満足である。
「……しかし、なんだな。人のカタチをしているからといって、人間の文化を押しつけるのは傲慢ではないだろうか」
待ち時間の手持ち無沙汰(ぶさた)から、私は少女のドレスに手をかけた。姿が同じというだけで人間の都合を押しつけるのはどうかと思ったのだ。彼女も迷惑だろうとドレスを脱がしにかかったところ、気が付くと、腹部に強烈な衝撃が走り抜けた。
動かないはずの少女の腕が、滑らかに稼働した歴史的瞬間だった。
三キロメートル近く大気を滑っただろうか。マスドライバーもかくやといったところ。岩山にひっかからなかったら間違いな く虚空に飛び出していた。人間ではない
い知的生命体は二種類に分けられる。エイリアンとインベイダーだ。彼女が宇宙人ではない事は判明していたが、侵略者でもない事を祈るしかない。
「昨日は申し訳ない事をしたが、そちらも反省してほしい。ここが地上なら、今ごろ君は檻の中だ。君には少し、人間がどれほど脃(もろ)いかを学んでほしいと思う」
四十八時間後。
私は新しい作業用車両を調達して、少女と対峙(たいじ)した。
正直危険に満ちていたが、十二時間ごとに命のやりとりをするのは遠慮(えんりょ)したい。交渉による平和的な関係を築くべきだ。
会話はできずとも意向を伝える程度はできるだろう、と考えての事である。月の住人たちが少女を通じて星を運営していた以 上、彼女には外部入力機能があるはずだからだ。手振りで先ほどの行為はもうしない、と示すと、彼女は一時間ほどかけて首を縦に動かし、こちらの謝罪を受け入れた。
かくしてインベイダー危機は去った。
少女とはこれからも十二時間ごとに顔を合わせる事になるが、人間ではないので問題はない。
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