月の珊瑚(月之珊瑚)第三章-2 朗读:坂本真绫
月面への到達には多少の手間が必要だった。
地球からの観測で判明していた事だが、月の大部分は氷の膜で覆(おお)われていた。月面に造られた七つの都市を守るようにできた青い天蓋(てんがい)だ。地上から飛び立つ時、もっとも手間を取らされたのがこの侵入経路の算出である。氷の傘(かさ)の隙間(すきま)にすべりこむ突入経路の計算に一月を費やした。個人的な所感だが、計算にとり組めばとり組むほど、この氷の用途は測れなかった。いかなる意図(いと)で造られたものか、責任者がいるのなら問いつめたいと不満をこぼしたほどだ。
もっとも、その不満を聞き届ける者は、もういない。
月の表面に降り立ち、都市部に入る。
生命反応はない。七つの都市は、そのすべてが墓標だった。
電気の明かりだけが灰色のモニュメントにまたたいている。
上空を見上げる
と、厚い氷壁の中で太陽光がゆらめいている。
ヒトのいない建物は岩礁
(
がんしょう
)
のように、仄暗
(
ほのぐら
)
いブルーに沈みこんでいる。
これでは月面というより海底だ。
ふと、宇宙服に包まれた手を見下ろした。
月面での生活用にふくれあがったソレは、ブリキの潜水服そのものだ。
私は昇ってきたつもりで、月の底に落ちてきたらしい。
ともあれ、まずは資源の確保が重要だ。
月の第五都市マトリを拠点にして、月の裏側に向かった。七つの都市に水素を提供する炉心
(
ろしん
)
がある為である。
しかし。私はそこで、一度だけ自分の正気を疑
(
うたが
)
った。
地上からでは決して観測できない月の裏側は、灰色の森だった。
石灰で出来た樹木。ソラを覆う分厚い氷。その中心、主要元素である水素、炭素、酸素、窒素を提供する炉心に、まさかこんなモノがいようとは。
唐突にひとつの童話を思い出す。
最後に涙になって溶けるのは、アンデルセンの人魚姫だったか。
それは限りなく人間に近い造形をしていた。
青い光に照らされた生身の少女。
亜麻色に輝く髪と、滑
(
なめ
)
らかな石質の肌。白い、一点の汚れもない雪の花
(
アラバスター
)
を連想させる。
身じろぎもせず、穏やかな瞳だけが、眩
(
まぶ
)
しそうに私を見つめていた。
少女は美しく、また、ヒトではなかった。
どのような繊維で造られているのか、少女は古い着物
(
ドレス
)
を着せられていた。
そう、着せられている。
決して自ら着飾ったものではないだろう。
少女は湖底に座り込み、両手を左右に、ゆったりと地面に下ろしていた。その先端は存在しない。少女の両手は月の大地に融け、直結している。彼女の腕は肘
(
ひじ
)
のあたりから黒く変色し、鉱物の鋭さをもって大地と一体化しているのだ。
さながら、地面から伸びた柱のようだ。その腕で服を着る事はできない。これはのちに知った事だが、彼女の研究者の一人が、むき出しでは可哀想
(
かわいそう
)
だとドレスを着せたらしい。コレを人間扱いする方が倫理に反すると仲間からは軽蔑
(
けいべつ
)
されていたようだが。私も同じ意見だ。
ソレは囚
(
とら
)
われているとも、
守られているとも取れた。
醜
(
みにく
)
いものと、
美しいものが混ざり合った姿。
少女は私と同じく、突然の来訪者を警戒しているようだった。
私の第一印象は言うまでもなく、
「待ってくれ、話が違う。なんだって月面に宇宙人がいる?」
月に来れば、ひとりきりになれると思ったのに!
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